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2019年8月10日 (土)

夏の山でおもう

夏がやってきた。

 

後ろと左は低い雑木林の山、蝉と小鳥が朝から賑やか。

右は木々の向こう下がったところに隣のばあちゃん、

毎日デイケアにおでかけ。

前は元田んぼ今天然ビオトープ&草ぼうぼう、

昼はトンボ夜はホタルの活動地帯。

 

空は毎日きっぱりと青くて日差しは肌に突き刺さる。

速球ストレート160キロ、みたいな混じりけのない「夏」

降る雨はスコール。

絶望的な号泣。

でも泣き止めばまたあっけらかんと太陽が強く。

 

でっかいオニヤンマが緑の目をぎょろぎょろさせて

テリトリーをパトロールしている。

遊びに来た友達家族の親父が思わず網を持って山まで追いかけた。

大月町のおおきなスイカを目隠しの子どもがたたく。

割れたスイカの真っ赤な甘い汁をあじわう。

蟻がすぐにたかる。

ここは蟻やムカデや蛇やトカゲやカニやカエルやみんなのすみか。

わたしたちはどんなふうに彼らと一緒にここでくらせるのだろうか。

 

年取った大きいクサガメが道の真中を歩いている。

野良猫は山を走って家々を渡り歩く。

夜中に鳴く鹿の声に誘われて表に出れば、空は満天の星空。

夏空に天の川がかかり、流星がいくつもすべりおちる。

またひとつ、とおもったらホタルがすいと飛んだのだった。

 

死んだ母は寝たきりになってなおふるさとを懐かしがった。

栃木の田舎の農家の娘だった。

東京の新宿に暮らして少しの自然を慈しんでいつも雑草を台所にかざった。

この家につれてきたら、と、何度も思うがたぶんもうきてるんだろう。

母の思いは娘の中にこっそり生きてるんだなあとこのごろ思うのです。

 

ここに来て人に会うことが減った。

生き物に囲まれているので寂しい感じはないのだけれども、

内面に深く漂うようになった。

はじめて来し方をおもった。

父や母や子どもや離婚や音楽や時間のながれや、だいすきなひとたちのことを。

わたしはあまりにたくさんのだいすきなひとがいて

ここにきてまたそんな人が増えていて

わたしは大好きな人がいっぱい入ったいれものなのだと知った。

「おちょこ」

は小さい入れ物だけど、ぎゅうぎゅうにみんなが入っている。

 

高知市内に行く機会があったので久しぶりに映画を見た。

ロードショウの映画館しかなくておまけに夏休みなので

「天気の子」を見てしまった!

新宿、が舞台のお話だった。

リアルに駅が町が裏通りが映し出される。

「ふるさとだ」と思った。

あの、苦々しくしか思ったことのない人混みとビルやネオン。

自然のないアスファルトに覆われたあのまちを。

私は緑の高知でふるさとを懐かしく思ったのでした。





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