露天風呂幻想
奥行きのあるS字の庭に7つほどの岩風呂が湯気を上げている。 月のない闇夜である。 細い雨が時折落ちてくる。 電灯がぽつりぽつりと灯り、 深い影の面に、白い湯気と庭木のしずくがうつしだされる。 闇の向こうから裸の女がゆらゆらと現れる。 白いからだが一瞬光に照らされるがすぐにまた影となる。 光りに浮かび上がるやわらかなシルエットが ゆっくりこちらに近づいてくる。 若いのだか年増なのか逆光で顔も定かでない。 見とれていた私の後ろで水音がしたような気がしてふりむくと、 白い手ぬぐいをかぶった美しい女が、 湯船の中で空をみあげていた。 つられて私も目を上げれば、 厚い雲が切れ、 群青の空に星がひとつふたつ光っていたのだった。 薄雲の向こうにさらに、1つ2つ3つと星を求めた。 月の所在はいまだ明らかでない。 空の大半はまだ雲のものである。 ひととき空の事情に心を奪われ目をもどせば女の姿はなく、 音も立てずどこへ行ったやらわからない。 塀の向こうの藪がざわめいている。 闇夜にまぎれ、獣が湯につかりにきたか。 奥からは裸の女たちが立ち現れては消え、 にんげんの女のほうが姿がつかめず、よほど異界の者のように ゆらりゆらりとのびちぢみし、 湯につかり、湯気を分け、 黙ってまた奥の闇にすいこまれていったのです。
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