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2017年8月

2017年8月23日 (水)

変容1

見たいものしかみていないのです。

ここに固定された視線を
あの遠くの空に向けてみたらどうだろう。

それとも
昨日通り過ぎていったはずの
かすかな衝動を
深く捉えなおしてみてはどうか?

大切なものを
大切にしてきただけの過去。
わたしはそれを
ほんとうは
自分に許してる。
そのために
つけた傷を
ほんとうは
しかたないとおもってる。

今日
娘に電話で
「どうしてりこんしたの?」
と聞かれた。

3歳
5歳
9歳
11歳
15歳
で聞かれた。

そして今日は29歳になった娘に。

わたしは27から53になり、
何度も
問われた問。
いままた何度目かの問。
29の娘に
53の私が
答える。

過去は現在の自分によって
すこしずつ
かわっていく。

娘はまたきっと
いつか聞く。

何度でも聞け。
なんどでも答える。
わたしはたとえ
彼女を傷つけても、
ぜったいに
本当を言う。

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2017年8月10日 (木)

光と影 1

初潮を迎えて以来、
何度も血液を洗った。
血液はお湯ではなく、水で落とすのがよい、と、
おかあさんにおそわった。
 
 
子どもが生まれたら
何度もウンチを洗った。
白いさらしのおむつは、
黄ばんで、
うすきいろまでしかもどらず、
それでも、ならんではたはたと、
気持ちよく夏のそらの下でゆれた。
 
 
こどもは熱を出し、よく吐いた。
夜中の布団の中で。
朦朧としながら
シーツも布団カバーもはがし、
汚物をトイレで落として、
夜中にジャブジャブと水を使った。
 
 
朝起きてみると、布団が冷たくて、
となりの子どもがぐっしょりぬれていた。
私のパジャマも。
おねしょ、
の寝具の洗濯、
そして布団も充分干せないまま
あわただしく仕事に向かう日々だった。
 
 
洗濯がすくなくなれば、
お金のかかる年頃。
老人ホームでわたしは、
おなじく、
おばあちゃんの
ウンチをぬぐい、お尻を洗った。
 
死ぬ前しばらく母は寝たきりになった。
最後まで自力でトイレに行こうとがんばった
プライドの高かった母。
母の汚した下着を
こっそりとひっそりと洗った。
 
 
産まれ出ることと
育つことと、
死んでいくことに
深くかかわってきたわたしの汚れた手。
 
その同じ手で
ギターを弾く。
ここから、
どうか美しいうたが生まれますように。
 
 

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