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2016年12月

2016年12月29日 (木)

今年最後のライブです。

 
今年はたくさん迷って、そして、
半分は東京でない場所にいました。
 
終わりがあって、始まりがあって、
出会いがあって、別れがありました。
知らない自分をたくさんみました。
 
百五十五センチのこの体は
頼りなく、できないことが増えていくけれど、
このおんぼろで
この先五十年やっていくつもりでいます。
だから、
その後半のスタートなので、
どうかたくさん迷わせてください。
 
帰ってきて、
またライブをやるのなら、
なぜエクペリをやらないのか、
という声も聴きます。
今の
せいいっぱいを答えます、
どうぞ、直接聞いてください。
 
 
今日最後に即興演奏ができるのはうれしいです。
よかったら、
ぜひ、
一緒に異界へ旅に出ましょう。
 
★12月29日(木)阿佐ヶ谷Yellow Vision   http://yellowvision.jp/
 
 午後8時から  ¥2000   おつまみつき!
 
  「フロウ」 おちょこ(voice)&加藤崇之(g)
 
。。。。今年最後のフロウです。声とギターの即興演奏です!
 

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2016年12月23日 (金)

遭遇

飲み屋に入ったら、「あ。」といわれてみると息子の同級生、
あ、カウンターの中にも、もうひとり。
ふたりは小さいころから知っている子ども達。
そして高校からバンドをはじめて今もつづけている。
ひとりは去年道端で数年ぶりに再会して、CDをくれたんだっけ。
もうひとりは、ライブより作品作りに打ち込んでいるとのこと
いかにも彼らしくうれしくなる。
 
思い出話は早々に
今の音楽の話に花が咲く。
 
小学生からみてきて、
まさか、こんな風に再会して
バンドのはなしができるなんて!
 
おかあさん、げんき?などと聞いても、
彼らと話すほうがたぶん圧倒的に面白い。
 
あのころの
彼らの、軍団が大勢で遊びに来て、
家中の食料を根こそぎ平らげていった
喜びを懐かしく思い出した。
 
同時に
本音で音楽を話し合えるようになったことが
うれしい。
こどもって、
あっという間に大人になるねえ
 

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2016年12月21日 (水)

狂った時計(障害は可能性~その1)

 
 
時計が止まったので、放っておいたら
ときどき思い出したように動きたいだけ動いて
またとまり、
動きたくなると動くようになり、
独自の時間を生きるようになった。
 
さっきまで、秒針をぴくぴくさせるだけで
とまっていたがまた動き出し、
彼によると、今は8時30分だが、
一般的には午後1時19分である。
しかも、この時間差は固定ではなく
日々どんどん変化していく。
 
わたしはふたつの時間の狭間で、
なぜかとても開放された気分になっている。
こう、なんていうか
ちいさなタイムワープみたいな。
時間が
とまっているような。
それは自分で
好きなように流せるような。
 

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2016年12月20日 (火)

あな

おおきな黒い穴が開いていて
そのふちで、暮らしている。
心踊る楽しいことや、
誰かをすきになることや、
生活に追われることが
穴を忘れさせてくれる。
が。
突然の風が
すべてを吹き飛ばしていったら、
目の前にぽっかりと
深くおちていく穴があった。
 
かつて
ヒトは
捕食の対象だった
そのまたかつては
人の命は人によってごみのように奪われ使われた。
今だって。。。
 
 
 
 
黒い穴のふちで暮らしている。
だから
あぶないのはあたりまえ。
 
今日あなたに会って
あたたかいぬくもりを与え合って
何層もの心の
どれかにでもさわれたら。
そういうひとつひとつが
ふちにある
からだの重力になる。
 
 
体は重くなり
愛のようなものがからめていく。
からまりすぎた糸はぷつんと切れて
ほどけてみれば実態は
空気のように軽く
つめたいそらにふわっとうかびあがる。
 
わたしは高みから穴を見下ろす。
かつてわたしはそこから生まれてきたのだと思い出す。
さようなら。
その暖かな黒い穴。
そのあたたかな隠れ場所。
その
わたしをとらえる
愛の源。
 
 
 

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2016年12月19日 (月)

旅のあと と、お別れ

わたしは今更年期になってきたので、
こころにもからだにもいろんな不具合が生じています。
 
あんまり途方にくれてくると
自分に対して攻撃に出る癖があるようで、
それは年取って治るどころか悪く?なっているようで、
それはピンチをチャンスに強引に摩り替える力技のようなもので
今回の旅はそんな風にして始まったのかもしれないです。
 
 
昨日は国分寺のろばやの山内さんのあちらの世界への旅立ちでした。
まだ呆然としていますが、
お別れの会で歌を歌えたのは
やはりよかったのです。
「コクウ」のときは彼に話しかけるような気持ちでした。
でも、「DNA」は。
あなたが残した願いは。。ってうたいはじめたら、彼がいなくなったことが痛烈にかんじられて
まるでこの歌はこのために作ったみたいにかんじられて。
まだ、
わたしはうけいれられないのに
うたが勝手に
思いがつながっていくとか言うし。
ほんとうにつらかった
けど。
 
それはいいじかんでした。
 
 
うたうということは
わたしには
つながるということと似ている。
ひとと
世界と
異なものと
過去と
未来と。
 
 
旅は終わったけど、
旅のときみたいに
大きな時間の中で
出会うひとにも場所にも出来事にも
深く感覚を使いながら
東京の冬を
ゆったりすごしてみたいです。
 
 
 

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