« 2014年2月 | トップページ | 2014年4月 »

2014年3月

2014年3月29日 (土)

気配ののこる

夕べは人が集まって、にぎやかなひと時を、すごした部屋。

そういう次の日は、朝起きると部屋に気配がまだ残っている。
へやの記憶の断片のようなものにひととき、とりかこまれ、コーヒーを入れてぼうっとする。

コーヒーを入れる作業がすき。
ドリップで、やかんのお湯を細くたらして、いい香りが立ち込めて、ふっくらあわが膨らんで。
その数分は、とても無心になる。
そしてゆっくり
おもいをめぐらせながら、飲む。
気配が消えていくまで
ゆっくり。

今日もはだしがきもちいい。
春だ。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2014年3月28日 (金)

ちょっと昔話

それから私はスライ&ファミリーストーンがだいすきです。ジャニスやツェッペリンも大好きだけど。あ~~
大学のとき、サークルに入ってすぐ先輩のバンドにヴォーカルとして拾われて、オーティスレディングの曲、学園祭でやることになって、ちっともまともにうたえなくて。2日目のリストからはずそうって言われた。
くやしかった。それから、必死で練習したなあ。。。
でも、それから軽く10年はかかるんだよねえ。。。
いや、
今でも、オーティスレディングは難関だよねえ。。。
もう超好きだけど。。。

スライに戻ろう。
高校一年のとき、であった同級生のKくん。彼はすでに自分の歌を作って歌っていた。すげえかっこいいと思った。私はKくんみたいになりたかったんだよなあ。。
スライは彼がだいすきだったバンド、私も後にすごく好きになった。
音楽は
いつも素敵な男の子を連れてきてくれるねえ。。
彼が
幸せな今を送っていますように。。。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2014年3月27日 (木)

音楽の時間

このごろ割礼とゆらゆら帝国を変わりばんこに聞いてる。
かっこいいのう~~。
彼らが旬の時期にはわたし、こどもにてんやわんやで、子どもの声とロックが混在するのがなんかいやで、あんまし聞かなかった。
いまも音楽を家でかけるのはひと時なんだけど、子どもの声があるときは子どもの声だけがよかったんだ。

私は知らないバンドを、ふらっと買うので、まったく出自がわからないのだけれど、ZAPMAMAってグループ。
誰か知っていたら教えてください。
私はタワレコでかったSABSYLMA~と言うアルバムしかもってなく、これがだいすきなのです。
アフリカの少数民族の音楽がルーツにある。女性5人のヴォーカルグループ。
1994年のアルバム。めっちゃかっこいい。
もっとほしいと思ったけど、見つけた音源はアメリカのヒップホップになってた。もっといろんな要素の入った得体の知れない感じだったのに。

わたし、いつかアフリカに行って、少数民族の歌と踊りの宴会に混じって、(まだ現存するのか?)「ほりょおおお~~るるいいい~~」とかいって騒ぎたい。
リズムにどんどん違うリズムを重ねてうきうきしたい~~
昔国分寺に詩人のサカキナナオがきたとき、そんなことやろうってナナオが言い出して、狂乱した夜はたのしかったなあ。。。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2014年3月26日 (水)

喪失

喪失の予感があって、空虚になるであろうその場所にいまからいろいろ詰め込もうとしている。
のだったのかもしれないと気づいた。

え~と、下の息子が出て行ったときの内臓の三分の一ほどを失った感じは予想していなくて、出て行って数日後からドカーンとやってきた、びっくりした。
体が痛みを覚えている。
今度は2度目である。
警戒している。
たぶん訪れるであろう空虚に入れるものをいまから物色している。
おお。
これは、生きていくための本能か!

かつて、恋愛対象の男子が痛みに備えてずるいことをするのを、「卑怯」とか、「弱虫」とかおもってごめんなさい。。。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

かっちょいいミュージシャンにはよくできた妻がいることが多い。
彼女らは、面倒見よく、さばさばして、やさしく、そしてたいがい気が強い。
男たちは「こわい」
とよく言うけれど、彼らのような勝手で自由すぎる人種とつきあっていれば、
怖くならなくてはやっていけない。
いいなあ。
ってよくおもう。
おんなのこっていいなあ。
わたしも妻がほしい。
優しい夫じゃなくて。
こわい妻がほしいよ。

かつてもう一組の母子家庭の家族と
共同生活のように暮していた。
おかあさんがふたりと子どもがさんにん。
そこにいつもだれかしら、
大人や子どもがわいわい集まって、誰が誰の子かわからない感じだった。
そのころ、よく面倒見のいい女にめんどうみてもらっていた、そういえば。
だらしがなくて怒られたりもした。
いいなあ~~
おんなのこにおこられるのいいなあ。
娘にもよく怒られるけど、なんかいいんだよねえ 笑

男におこられるのもいいけど。。
あ、それはまた別のお話。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2014年3月25日 (火)

今日の歌

「さよならから始まることが~たくさんあるんだよ~」って言う歌だれだっけ?
忘れちゃったけど、カバーすることにした。気に入って、いろんな歌詞を作っていたけれど、今朝、まとめてみた。
最近は娘との暮らしがカウントダウンになって、娘が出勤したあとの午前中に、なぜか文を書いたり、歌を作ったりしたくなる。
歌は、もう平穏に生きていくのに必要不可欠なものになっている。

うたがなくても、それに変わる何かがなくても
穏やかに暮していける人がいる。
ずっと、そういう人をすごいとおもっている。
こころの海の穏やかなゆっくりとした中に、悲しみもよろこびも怒りも、すべてを大きな水の中に泳がせて、やさしく。

ずっと折り合いの悪かった父が
母が亡くなって一人になって
悲しみを、とんとんとん、と日常の中になじませていくのを見ていて、
なんかすごいなあと思うようになったよ。。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2014年3月23日 (日)

光と影

じぶんの心のなかに、光と影がある。

わたしは友達を、おとこを、子どもたちを、家族を、行きずりの老人を、見たことのない外国の人たちを、愛したような気持ちになることがある。
優しい気持ちに満たされて、「世界は愛でできているんだ~」と思ったりもする。

で、同時に暗い気持ちが誰かをねたんでいる。じぶんの不遇を、恨みに摩り替えたりもする。
いつまでも自分の痛みのぬるま湯に、じくじくと沈んでいたりする。

矛盾したいくつもの気持ちが同時にわたしのなかにある。

年を取り、それはどんなにもがいても避けられないんだとわかってきた。

きっとこうしてやっていくんだね。。
しょうがないなあ。。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2014年3月22日 (土)

本能に根ざした気持ちよさを、もりもりとよろこびたい。
野生の動物みたいに。

たとえば、山の斜面のやぶのなかを、前足を使ってわしわし登りたい。
それから、やわらかい子どもをしっとりと抱きしめてかわいがりたい。
おいしそうな山の恵みを夢中になって摘み取りたい。
冷たい川の水の中で逃げ惑う魚をつかまえたい。
それから、、
あとは言えないけど
春は
たくさんのわくわくをつれてくる。

らりらり~~

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2014年3月19日 (水)

音の記憶

演奏をともにした音の記憶が耳の中に深く残っている。
それはその人そのものよりも時に忘れがたく、
音の不在はながく尾を引いて、いつまでも耳がさみしい。

だけどそんなふうに思える音にであえるのはやはり幸せなことなんだろう。

さまざまな理由でなくしてしまった大切な音がひとり。
いまふたたび、それをとりもどしたいとゆっくり車輪がまわりはじめたところ。
でもすこし、いそいでしまう。
わたしたち、もうあのころのように永遠の時間を持っているわけではないからね。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

国分寺体験

味噌ラーメンを食べていたら、味噌ラーメンの出てくる歌を歌っていた人のことを思い出した。 出会いはかれこれ30年前の国分寺。国分寺に残る、ヒッピーとか部族とかの文化に憧れてたころだ。音楽の人、絵の人、演劇の人、わけのわからない人。。みんな大人たちは喧嘩っ早くて正直でいかれていて、かっこよくみえた。詩人のナナオにであったのもこのころ。 味噌ラーメンのかれはシンプルで懐かしい感じの曲を作り、わたしはいくつかのかれの歌を歌った。いまも時々くちずさむ。 ナナオの詩集はつい最近持ち歩いていた。 このごろやけに思い出す。 子どもができて分かれた道の、その分岐点に戻りつつあるのかもしれない。わくわくするなあ~

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2014年3月 1日 (土)

ヒカレテ

手元に届きました。Photo

明日から持ち歩きます。

10曲いり 1500円 Photo_2

ジャケットデザインしてくれた山口君と、ひとつひとつ丁寧に作ってくれた弘子さんです

Photo_2

| | コメント (1) | トラックバック (0)

« 2014年2月 | トップページ | 2014年4月 »